今日のメモ
私は実家暮らしだ。とうに成人している私に老は起床から就寝までさまざまなことをやりたがる。
休みの日、いつも起きている時間に起きないと大声で叫ぶ。ちょっと疲れて弁当を作る気力もなく、朝飯を食べていると「弁当はつくらないのか」。12時をまわると「ごはんの時間だから食べなさい。」17時もしかり。
明日は休みだよ。ごはんくらい自分で作って食べるよ。出かけるよ。こちらから伝えても、いつだって返事はない。聞こえていない。
いつまで何もできないような扱いをされなければならないのか。注意しても馬の耳に念仏。それゆえたまに怒りながら注意することもあり。言い方が悪いのだろうか、こちらが注意している最中にテレビのチャンネルを変えてみたり、食器を片付け始めたり、入れ歯を取ってなめはじめたり、窓の外をみて下校の子どもの人数を数えたりする。そんなときいつも、その場に取り残されているようで悲しいし自分は何にこんなに怒っているんだろうとハッとし、無力さを感じる。怒りは体力が削られる。
今日もだ。
「12時だからごはんを食べなさい。」
怒るのはもう今日でやめようと思った。
「そういうふうに管理されるのいやだな。こないだも言ったけど、おぼえてない?」
「…」
「人の注意、聞いてほしいよ」
「何だってうるさい。12時だからごはん食べろと言っただけでそこまで言うのか。そんなに死んでほしいか。」
「そうじゃなくて、おなじことで何回もガミガミ言われるのいい加減いやでしょ。私も嫌だしかなしい。…聞いてる?」
(うつむいたあと、入れ歯を取ってなめはじめる)
「これまで注意してきたことひとつでも覚えてる?覚えてたら言って。」
淡い期待を抱きながら質問する。怒らないよう、呼吸をととのえながら。
「…頭が悪いから覚えていない。」
「ひとつも?!」
「頭が悪いもの」
こういうときに決まって老は、「頭が悪いから」と逃げる。学校出てないから。字が書けないほど馬鹿だから。
当然それで納得するわけがないし、衝撃的だったのは、嫌だからやめてと言ったことを覚えられていなかったこと。老にとって私はなんだろう?これまでさんざん注意してきた数々のことは、ガミガミうるさい女の一人言だったのか?「12時だからごはん食べろと言って何が悪い。そんなに言うならもう言わないし、自分はもう死ねばいい。」力が抜け、言葉が出ず、ただ泣いた。いい年の女が灯油タンク片手に立ち尽くし泣いているのだ。言ってほしい言葉は今日も聞けなかった。これまでこらえてきたが、もう無理だった。老はこちらになんの関心も示さず、席を立ち何食わぬ顔で入れ歯を洗浄したり、食器を洗ったり、自然解凍の鮭をひっくり返したりしていた。
「はいすいません」「頭が悪いから」「もう話さなきゃいい」「はやく自分が死ねばいい」その場しのぎの心にもないことを言われる日々。
何も響いていないんだ。明日も老がおなじことを言うことも見当がつく。会話はこんなにも力を持たないのか。
寝室でタバコに火をつけるライターの着火音が聞こえた。私はタバコの臭いが嫌いだ。